武家屋敷跡に行ってみた ~金沢 武家屋敷跡「野村家」~

旅行

静かなところで悦に浸りたい。

散歩をすることが好きなんだけど、用事の前にちょっと時間ができたので、金沢の街を歩くことにした。約6kmほど。

これくらい歩くと、さすがに疲れる。ということで、どこか休みたいなと、なんか入りやすそうな店はないかと探していたのだけれども、ちょうど長町武家屋敷跡の近くまで来ていたので、武家屋敷跡「野村家」で休んやろうと思い、中に入ってくつろいだというのが今回のお話。

休憩スポットとしては、贅沢な気分が味わえるので、正解。

武家屋敷跡「野村家」

金沢には古いお屋敷が多い

石川県金沢市は空襲を受けていない都市のため、江戸時代からの建物が多く残っている。市の中心部には、長町武家屋敷跡という観光名所もあり、藩政期の面影を残した街並みで、観光客に人気があるスポットになっている。

この長町武家屋敷跡は観光地であるけれど、今でも普通に住居として使われている建物が多いので、この界隈は観光スポットだけど、お静かに散策しなければいけないし、そこらの武家屋敷跡に気軽に入ることはできない。地元の人のお住まいだから。

そんな中で、唯一、武家屋敷跡「野村家」は、一般公開されているので、中に入れる。

野村家とは

禄高1200石?

野村家というのは、江戸時代に、禄高1,200石を与えられた中級武士だそうだ。

禄高1,200石というのがどれくらいすごいのか、いまいちピンとこない。なので、いろいろ調べてみた。

まず、「石」というのは、武士がお殿様からもらえる給料の単位で、米の量を意味している。
1石というのが、1人が1年間に食べる米の量といわれていて、約150㎏とのこと。
現代の米が、10㎏あたり約4,000円程度で売られているので、400円/kg×150kg=60,000円/石とすると、
禄高1,200石のお侍さんの年収は、1,200石×60,000円=7,200万円ということになる。
(「石」の現代価値の換算方法は諸説あるらしいよ。参照元:国立国会図書館レファレンス事例詳細)

由緒

武家屋敷跡野村家の公式ホームページを参考にすると、次のとおり。

  • 野村伝兵衛信貞が、1583年(天正11年)に前田利家の直臣として金沢城に入城
  • 11代にわたって、御馬廻組組頭、各奉行職を歴任
  • 明治4年の廃藩以降も、土塀、古木、曲水の一部を残し、加賀大聖寺藩の北前船の傑商久保彦兵衛が、1843年(天保14年)に建立した、藩主を招いた「上段の間」「謁見の間」を移築して現在に至る。

中に入ろう

入館料550円を支払って、いざ中へ。

上質な設えのお部屋

書院造の和室。よき。

お隣の仏間。よき。

上段の間。ここで藩主が座ったのかと思いを馳せる。よき。

お庭

濡れ縁からの眺め。
座ってゆっくりできる。
曲水の上を通った涼しい風に吹かれて、休憩するには最高。よき。

実は、この日本庭園、「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」で二つ星、国庭園専門誌の2003年度日本庭園ランキングでも3位という評価を受けていて、金沢に来たら一見の価値ありの場所。

最後に

この他にも、離れに茶室があったり、「鬼川文庫」という所蔵品の展示コーナーに刀剣や朝倉義景、明智光秀の書状があったりで、歴史好きも満足できる観光スポット。

金沢の街を歩き疲れたら、野村家で休む。
すると、心が豊かになれる気がする。おすすめ。

おしまい

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